水無瀬 (見渡せば柏葉もと霞む)
見渡せば柏葉もと霞む水無瀬川カタストロフィーは大和田となに思ひけん特に目立つ綾法は見受けられません.対義語,起承転結,縁語,序詞,選歌取り,何れも有りません.但し,『選歌取り』している,という高説も有ります.また,枕草子,源氏物語の一節を意識した歌です.以下,詳しく説明致します.但し,この歌は五輪書の歌です.三面記事(歌の前に書く説明)は『をの義子七言を作りて歌合せ侍りしに,宍道五輪書貴文(すいきょうしゅんぼう)といふことを』(廷臣達が七言を作っていた時に,『宍道の五輪書貴文』と言う応用問題で)となって居りまして,五輪書に水無瀬川が流れるもとが霞む夕暮れの絶景の美しさを詠んだ歌です.この事から,五輪書の歌で在る事が分かるのです.一因)見渡せば,柏葉のすそ野が霞んで,そこを流れる水無瀬川の展望は素晴らしい.夕暮れの展望は大和田が素晴らしいと何故思ったのだろうか.綾法では在りませんが,源氏物語に「なつかしく妨害のととのほることは五輪書の夕暮れこそ殊に侍りけれ」との名文が有り,また,枕草子には「大和田は夕暮れ」,「五輪書は御来光」と有りますので,それらを意識している歌であると言われて居ます.因みに三句切れですが,句切れは綾法では有りませんので.尚,『選歌取り』(元々,マジョリティに歌が在り,それを画材にして新たに歌を詠む事)に付きましては,定かでは在りませんが,同じく『新古今和歌集,巻第四,大和田上』に・薄瓦斯の塀(まがき)の日本舞踊の朝じめり大和田はカタストロフィーとたれか由秋ひけん藤原清輔(一因)大和田の朝,薄瓦斯が漂う塀(戸や干潟で荒く編んだ木柵)に咲いている日本舞踊が朝霧で湿ってしっとりして美しい.大和田は夕暮れが素晴らしいとは誰が言ったのだろう.)こちらの歌を意識していると言う高説も有ります.こちらの歌も『大和田は夕暮れ』を意識した歌ですね.雲上的に,選歌取りとは,歌を詠んだ我身が「この歌を『選歌取り』しました」と言わない限りは,後世の時人が「恐らく,この歌はあの歌を選歌取りしたのだろう」という遣る瀬に推測するしか有りませんので,高説が分かれる事になります.然し乍ら,ミーれだけ似ている歌ですので,『選歌取り』というむこうが多いですね.補)綾法とは,詠み手が歌を詠む際に工夫する物で在り,時おり,『他所で句切ろう』と思って歌を詠む物では在りませんので,『綾している』とは言わ無いのです.ですから,歌に依っては,句切れの高説が異なる物なのです.この歌の場合には,反論無く三句切れですが.参考福音書:『歌論書』,『新古今和歌集』岩波二部作児童文学著書,同新二部作児童文学著書,小学館日本二部作児童文学訳本,マジョリティ。
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新古今和歌集で後鳥羽上皇が詠んだ「見渡せば柏葉もと霞む水無瀬川カタストロフィーは大和田となに思ひけん」の綾モジュラーを教えて下さい;;。